8/22/2010

SURF FOR YOURSELF/Steve Pezman

前に古本で買った「surfing on my mind」という雑誌の中にある
スティーブ・ペズマンの記事が興味深いので紹介します。

※長編注意!





ペズマンはアンドリュー・キッドマンのサーフムービー「GLASS LOVE」の冒頭と巻末でサーフィンを語る台詞の声主であり、ロングボードを力の抜けたスタイルで乗りこなしている年配のサーファーとして出演している。

そして、写真も文章も素晴らしい雑誌「SURFER'S JOURNAL」の編集長も勤めている。



彼の言葉には、重みがあるし共感することが多いので
ちょっと長いけど全文載せます(5分くらいで読めます)。


SURF FOR YOURSELF(自分のために波に乗る)/スティーブ・ペズマン

さっきまでわたしはサノノフレにいて、海に入っているショーン、、、11歳になる双子の息子の一人を見ながら友人と話をしていた。7’10”の真っ赤なロングボードに乗ったショーンは、小刻みにノーズに歩み寄り、消えかかったトロめのショアブレイクのショルダーで一人前に腕を頭の後ろに放り出してアーチをつくっている。年がら年中眺めているサーフィン雑誌の写真と同じポーズを真似ているのだ。まだ波の乗り方も満足に知らないくせに、人前で格好つけたがるサーファーの悪しき特徴だけはしっかり身につけている息子の姿に、わたしはなんとなく嫌な気分になった。確かにショーンは自慢の息子だし、あの年頃にしてはサーフィンの腕前もなかなかのものだ。だが、親ばかが高じたわたしには、息子の姿がわたし自身の悪い面をそっくりそのまま映し出しているように見えた。だから、、、ショーンが無邪気に真似ている華々しいポーズは、わたしを落ち着かない気分にさせたのだ。そしてサーフィンとは何か、なぜ我々は波に乗るのか、、、わたしはいつのまにかそんなことに思いをめぐらせていた。

ブギーボードを発明したトム・モーリーはよくこう指摘していた。サーフスポットのほとんどは、駐車場の目の前とか防波堤の脇、あるいは岬の真下のように、まわりからよく見える場所にある。なぜなら多くのサーファーにとって、波に乗るということは、ガールフレンドの前で塀の上を歩いてみせるような物だから。ひとつ考えてみよう。波の上でポーズをとる姿は海でよく見かけるものだが、あれは波のエネルギーの流れとひとつになって自分自身を表現する芸術的な行為なのか?それとも単に見た目の格好よさを追求しているだけで、まわりの人々に「ほら、見ろよ!」と叫びたい気持ちの表れなのか?



わたしにとってのサーフィンの本質的な目的とは、最小限の力でできるだけ速いスピードを感じること。単純なその目的の陰には、派生するさまざまな付加価値もあるが、わたしが何よりも大切にしているのは「少ないほどよい」という真理だ。だが、この原則は矛盾を抱えている。究極の波で究極のラインにいる場合は別だが、いちばんスピードの出るセクションをキープするためには、身体を動かすことが不可欠なのだ。





しかしわたしがもっとも尊敬するサーファーたちは、ライディングの途中で体勢を変える必要がないように最初からポジショニングを決め、波から最大限のスピードを得ようと身体を奇妙に振り回すタイプとは対極にあるのだ。どうしても身体を動かす必要がある場合、彼らは腕や足をむやみにあちこちに動かさず、なるべく個性的な(無駄な)動きを避けようとする。自分の体重に頼らずに、優雅に思いどおりのラインにミサイルのように身体を投げ出している姿は(身体を投げ出すという言い方は波を受け身にコントロールしているような感じがする。完全に前傾姿勢で、ボードの前方に身体が乗り出している方がいい)波の自然なリズムとの一体感の高さを表しているものだと思う。

情感豊かな波の上のダンスは、きわめて個人的なものなのだ。そして、それによって得られるものは精神的な喜び。第三者の拍手喝采は不必要というより、むしろ心を乱す邪魔なものと言った方がいい。さらに言えば、たとえ自分のライディングを誉められたからといって、得意になるのは愚の骨頂だ。なぜなら、賞賛の対象そのものは、、、すなわち自然のエネルギーなのだから。

史上最高のライディングは、だから、きっと誰も見ていない場所で密かに行われているはずだと、わたしは固く信じている。そこには褒めたたえてくれる観衆などいない。サーファーが手にするものは、感動と、感動をもたらしたその経験が頭に刻み込まれ、深まっていくサーファーとしての知恵だけだ。

「すべてのライディングは、その一本一本が次のライディングの肥やしになる」

それが真理であるからこそ、歳をとったサーファーは肉体的な衰えと反比例して賢くなり、味のあるライディングを楽しみ続けることができるのだ。




ここで思い出話をひとつ。
1962年から1963年にかけての冬、わたしは友人のボブ・ビードルと一緒にノースショア、ワイメアポイントにあるマックス・リムのコテージで暮らしていた。ワイメアがクローズアウトしていた日の早朝、ほとんどのビッグウェーブヒーローはマカハに行ってしまった。だが、ビードルとわたしは少しでもサイズダウンしたら沖に出て、未だかつてない大波に乗ってやろうと、午前中ずっとワイメアをチェックし続けていた。



わたしたちはカム.ハイウェイが大きく曲がっているところに建っているレイ・ビーティの古い家のそばまで歩いていき、ベイを見渡した。20分おきに押し寄せるマンモス級のセットはベイの端から端までつながり、巨大な壁となってそびえ立ちながらチャンネルを閉ざし、ベイをもみくちゃに洗い流していた。もちろんこれじゃぁ無理だと判断したわたしたちは、一度家に戻って何か食べることにした。で、その場を立ち去ろうと振り向くと、開け放した後ろの窓からライノチェイサーを突き出して、’57年型フォードのワゴンに乗ったトミー・リーがやってきたところだった。そして「これから入るのかい?」と、トミーがさりげなく聞いた。「いや、何か食べて、一時間ほどしたら戻ってくるつもりだ」わたしたちは答えると、トミーはもっともだ、というふうに頷いてサンセットの方向に走り去った。




それからしばらくして、キッチンのテーブルで食事をしながら窓の外をながめていたビードルとわたしは、家々のすきまから、せり上がっていく巨大な波の峰に突然現れた茶色い人間の身体を目撃した。あわててマックスの家の駐車場に飛び出したわたしたちは、その後の一時間、ボイルのずっと奥から25フィート級の波を次々と5本もメイクしたトミーの姿を追いかけていた。彼は猛り狂った波の奥の奥、真っ暗なポイントから急角度でフェイスを横切っていた。見ていてハラハラするような危ういライディングの連続、、、。
(写真はディックブリューワー@ワイメア

やがて、ボードにうつ伏せになったままインサイドに戻ってきたトミーは、ガンを車に積み込むと、そのまま立ち去った。自分の離れ技を誰かが見ていたなどとは夢にも思っていなかったのだろう。カメラもなければ、彼が確かにその波に乗ったことを証明する人もいない。さらに、わたしが知る限り、トミーは誰にもその話ををしなかった。そこで何十年か経ってから、わたしはその日のライディングを目撃したことをトミーに告げたが、彼は黄色い歯を輝かせてニヤリと笑っただけで何も言わなかった。

華やかなファンファーレも何もない中で、巨大な波を乗りこなしたその日のトミ−のライディングは、これまで見た中でもっとも素晴らしいライディングのひとつとして、わたしの記憶に刻まれている。



オノフレで過ごした日の午後、そんな思い出にしばし浸っていたわたしが帰ろうと声をかけると、ショーンはその日最後の波をキャッチした。リラックスした様子でボードに立ち上がったショーンは、両腕を軽く横に広げて、フェイスを上がったり下がったりしはじめた。そしてボードの真ん中に落ち着いて立ち、次々と変化していく小さな波の上で見事なラインを描き、バックウォッシュやフラットな部分を抜けて静かに浜辺まで戻ってくると、砂の上に足を踏み出し、脇の下にボードを抱えて小走りに車に向かっていった。その姿を見たわたしは、誇らしさで胸がいっぱいになった。こんなときに感じる父親の喜びは、なにものにも代え難い。

3 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

Steve Pezman“RED WATER”というビデオでもワイメアについてコメントしてたりしてただの雑誌の編集長じゃないなとは思っていましたが・・Surfer's Journalじたいきれでいい雑誌ですよね。

OM さんのコメント...

上の匿名さんはOMです。間違えました。

Sattva さんのコメント...

OMくん

RED WATER見てないから、持ってたら
貸してね。

surfer's journal定期購読したいな。。。